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前橋地方裁判所 昭和31年(レ)36号 判決

控訴人 五十嵐善平

被控訴人 藤岡市

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金十万円を支払え。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、

控訴人の陳述として、

一、本訴は、被控訴人藤岡市の徴税吏員たる市長(若しくはその委任を受けた市吏員)が、控訴人に対する本件滞納処分を為すにつき、故意又は過失によつて、違法に控訴人に損害を加えたことを理由として、国家賠償法に基き、その損害賠償を求めるものである。

二、本件差押のあつた土地が、差押の当時既に控訴人主張のとおり水田又は畑となつており、金百二十万円余の価額を有したことは、固定資産の評価のため地方税法第四〇八条に基いて少くとも毎年一回行われる実地調査を通じて、被控訴人藤岡市の徴税吏員の熟知していたところである。

三、控訴人が本件滞納処分を違法であると主張するのは、要するに、控訴人は本件差押の当時(1) 金三万五千円相当の三馬力石油発動機(2) 金一万八千円相当の脱穀機(3) 金一万二千円相当の揚水機(4) 金五万七千円相当のアコーデイオン(5) 金一万四千円相当のヴアイオリン(6) 金一万二千円相当のギターのほか、小麦一二俵、麦八俵、二九年度産米五俵等を所有していたのであるから、本件の滞納に対する処分としては、これらの動産のいずれかを差押えれば事足り、また本件土地を差押えるにしてもせいぜいその中の畑二畝程度を分筆して差押えることで十分その目的を達することができたのにかかわらず、被控訴人藤岡市の徴税吏員がこれらの事実を熟知しながら(仮りに徴税吏員がこれらの事実を知らずして差押に及んだとすれば、これらの事情を調査すべき義務を尽さなかつた点において過失がある。)滞納額に比して著しく高価な本件土地全部を、しかも、その地上の作物の収穫期にある際に差押えたことが違法であるというのである。

四、なお、慰藉料は、本件土地の差押によつて、(イ)控訴人がその差押のあつた時以後昭和三〇年一〇月二七日その差押が解除されるまでの間たえず本件土地が公売されはしないかという不安におびやかされた精神上の苦痛と(ロ)控訴人が粒々辛苦してみのらせた農作物を収穫期に収取することができず、みすみす害鳥に荒らされてゆくのを目撃しながら放置しなければならなかつたという精神上の苦痛に対して、求めるものである。

と附加し、

被控訴代理人の陳述として、

一、本訴は、控訴人が被控訴人藤岡市の違法な市税滞納処分によつて受けた損害の賠償を求めるというのであるが、その実質は被控訴人藤岡市の市税滞納処分に対する不服申立にほかならない。従つて、控訴人は先ず地方税法の定めるところに従い、その処分を受けた日から一〇日以内に市長に異議の申立をし、この異議に対する決定を経て始めて出訴することができるに過ぎないものであるところ、控訴人は本訴を提起するにつきこの異議の手続を経ていないから、本訴は不適法である。

二、本件滞納処分の原因となつた滞納の税の種類、その合計金額及びこれに法定の督促手数料延滞金等を加えた総計額が控訴人主張のとおりであること、控訴人主張の差押の通知及び差押調書謄本送達に関する事実、及び藤岡市においても固定資産評価のため控訴人主張の如き実地調査が行われていることは、すべて認める。

三、なお、土地に対する差押の効力がその天然果実に及ぶのは、その果実が差押の時において独立の取引の対象となつていない場合に限られるところ、本件土地の作物は本件土地差押の当時既に成熟して採取期に達していたものであつて、土地と離れて独立の取引の対象となりうる状態にあつたものであるから、右の差押の効力はその地上の作物に及ばず、従つて控訴人は本件土地に対する差押にかかわらずその地上の作物を採取したものである。

と附加する。

ほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

証拠として、

控訴人は、原審証人五十嵐勇、同高橋喜三郎の各証言、当審における控訴人本人訊問の結果(第一回)を援用し、

被控訴代理人は、当審証人斎藤倍一の証言(第一、二回とも)を援用した。

なお、当裁判所は、職権で控訴人本人訊問(第二回)をした。

理由

先ず、被控訴人の本案前の抗弁について判断する。被控訴人は、本訴はその実質においては被控訴人藤岡市の為した市税滞納処分に対する不服の訴にほかならないから、その訴の提起については地方税法により市長に対する異議申立の手続を経ることを要し、その手続を経ずして提起された本訴は不適法であると主張するけれども、控訴人は本訴において被控訴人藤岡市の徴税吏員たる市長(若しくはその委任を受けた市吏員)が控訴人に対する市税滞納処分を為すにつき故意又は過失によつて違法に控訴人に損害を加えたことを理由として国家賠償法に基き被控訴人にその損害賠償を求めるものであつて、本訴は通常の民事訴訟に属し、その訴の提起について異議の申立その他の手続を経ることを要しないものであること言うまでもないから、被控訴人の右抗弁は援用すべき限りでない。

次に、本案について判断する。

控訴人が被控訴人藤岡市に納付すべき控訴人主張の各種税金合計金九千七百四円を滞納し、被控訴人藤岡市の徴税吏員たる市長(若しくはその委任を受けた市吏員)が右滞納額に法定の督促手数料延滞金等を加えた金一万二千百九十九円の市の租税債権に基ずいて、昭和三〇年一〇月一五日控訴人所有の本件土地につき滞納処分として差押を為したこと、及び、本件土地は公簿上山林と表示されているが実際には右差押当時既に控訴人主張の如く農地となつていたことは、いずれも当事者間に争がない。

而して、本件土地が右差押当時金百二十万円余の価額を有したとの控訴人主張の事実はこれを認むべき確証がないので(この点の原審証人高橋喜三郎の証言及び当審における控訴人の第一回本人訊問の結果は輙く信用することができない)認めることはできないけれども、被控訴人の主張によつても本件土地の右差押当時における相当価額は金十八万八千九百円であつたというのであり、このことと、当審証人齊藤倍一の証言(第一回)によつて認められる被控訴人藤岡市の徴税吏員が本件土地の差押に当りこれを公簿上の地目である山林のままとして金二十万円と評価していたこととを併せ考えると、本件土地の右差押当時の価額は前記租税債権額の少くとも二〇倍近い価額を有したものであることが認められるから、単に右価額から割出しても、被控訴人藤岡市の徴税吏員が本件滞納処分を為すにつき徴収額を著しく超過する価額の土地を差押えたものと言わなければならない。ところで財産の差押は私人の財産権に対する重大な侵害であり滞納者に苦痛を与える性質のものであるから、社会通念に照らし著しく徴収額を超えて差押を為すことは、特別の事情のない限り、違法の処分と言うべきであると同時に、滞納者がただ一筆の不動産を所有するのみで他に適当な差押物件を所有しないため徴税者として滞納額の確保のためその不動産を差押えるよりほかないというような特別の場合にあつては、たとえ、その差押えた不動産の価額が著しく徴収額を超過することがあつても、このことからして直ちにその差押を違法とすべきものではないことも亦言うを俟たない。そこで、本件の場合において本件土地を差押えたことを相当とする特別の事情があつたかどうかについて考察するのに、当審における控訴人の第二回本人訊問の結果によると、控訴人方には本件差押当時ギター、ヴァイオリン、サキソホン、アコーデイオン等の楽器類、オートバイ一台、自転車三台、ほかに米、大麦、各五、六俵小麦約八俵があつたことを認めることができるけれども右が全部控訴人の所有である旨の控訴人本人の供述の部分は、後段の証拠に照らして直ちにこれを信用することはできず、却つて、控訴人本人の第一回訊問の結果により明らかな控訴人には本件差押の当時既に成人となつていた三男一女(ほかに未成年の一男一女)があつたこと、当審証人齊藤倍一の証言(第二回目)並びに本件弁論の全趣旨を綜合すると、前記の穀類のことは暫くおくとして、その他の物件は被控訴人藤岡市の徴税吏員としても、果してそれが控訴人の所有であるか、他の家族の所有であるかの判別が当時困難な状況にあつたこと、また右穀類はたとえ全部控訴人の所有としてもその相当部分が法律上差押禁止物件にもあたるものであるとの諸事情から、本件土地を差押えたことを認めることができ、以上認定の各事実から考えると、被控訴人藤岡市の徴税吏員がした本件土地の差押は相当であつて、未だこれを違法とすべき理由はないものと認めるのが相当である。尤も、この場合においても、なお、本件土地の全部を差押うべきではなくして適宜分筆した上滞納額の徴収に必要な限度においてその一部を差押うべきものであるかの問題が残るけれども、それは、あくまで当、不当の問題であるに過ぎずして違法の問題ではないと解すべく、そのことは、本件のように徴収額が土地全体の価額に比して僅少である場合にもなお厳密に徴収額に相応する価額の土地に区分限定して差押及び公売をしなければならないものとするならば、事実公売を行つても恐らく競売人の出現を期待することが不可能に近く、租税徴収の目的を達することもできなくなるであろうことからも推論することができる。

なお、控訴人は本件土地をその地上の作物の収穫期に差押えたことをもつて違法であると主張するけれども、徴税吏員が滞納者の収穫を妨げ、これに苦痛を与える意図をもつて、ことさら収穫期を選んで土地の差押をしたというような特段の事情の認められない限り、収穫期にある土地を差押えたからといつてその一事だけで直ちに差押が違法となるものではないことは勿論であつて、本件において被控訴人藤岡市の徴税吏員が右のような意図の下に本件土地を差押えたというような特別の事情のあつたことは、これを認むべき証拠がないばかりでなく却つて前記証人齊藤倍一の証言並びに本件弁論の全趣旨によれば、本件土地の差押は元物たる土地の差押だけで徴収すべき滞納額の確保が十分できるところから、その地上の作物には差押の効力を及ぼさない趣旨の下に為されたものである(差押の効力を差押物から生ずる天然果実に及ぼさないとすることも可能である)ことを窺知することができ、従つて控訴人は本件土地の差押にかかわらずその地上の作物を自由に取得しえたのであるから、このことから見ても徴税吏員に控訴人の作物の収取を妨げるような意図はなかつたことが認められる。

そうだとすると、本件滞納処分には何等違法はなかつたのであるから、違法の処分のあつたことを前提とする控訴人の本訴請求はその余の判断をまつまでもなく理由がないこと明白であつて、控訴人の請求を理由なしとして棄却した原判決は結局正当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 小木曽競 森岡茂)

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